Little Happiness

ピピピッ ピピピッ ピピピッ

携帯電話の目覚まし機能の音で僕は目を覚ます。

窓から入ってくる朝日がすがすがしい。
窓辺に置いてあるサボテン達も光を浴びて嬉しそうに見える。

ベッドから飛び出してパジャマから制服に着替えると下に降りる。
朝御飯に母さんの焼いたパンをかじっていたら由美子姉さんが来て、僕に何事か言った。

僕はそれを聞いて慌ててパンを飲み下した。
姉さんが苦笑した気がした。



慌ただしく朝御飯を済ませると僕はテニスバッグを肩にかけて家を出た。
門を押し開けて道に出ると、隣の家からもキィッと門を開ける音がする。
僕は期待を以ってお隣さんの方を見やった。

「あ、不二先輩。」

僕の期待は外れなかった。

「お早う、ちゃん。」
「おっ、お早う御座いまふ…」

お隣の門から出てきた小さな女の子は頬を赤くしてドギマギした様子で呟いた。

この子はちゃん。最近青学に編入してきた1年生の子で、
今では僕んちのお隣さんだ。
同じ中1の子と比べると随分小柄な子でチョコチョコと歩き回っている姿は
まるでハムスターか何かみたいな愛らしさがある。

ちなみに子猫みたいにふみふみ言うのが癖だ。

「先輩、今日もテニス部の朝練ですか?」
「うん、そーなんだ。ちゃんは?」
「私は合唱部の朝練です。」
「じゃあ、丁度いいね。」
「ふみ?」
「一緒に学校行こう。」

僕が言うとちゃんはしばし躊躇してからコクン、と肯いた。

そういう訳で僕はちゃんと2人して学校に向かった。



それから大方2時間と40分後、僕は英二と話しながら廊下を歩いていた。

「それでねっ不二、大石ったらさー…」
「クスクス、大石も苦労が絶えないね。」
「あー、何なのさーその言い方ー!!」

いつものようにたわいもない話をしていたら廊下の向こうからテテテテ、と
可愛らしい足音がする。
1人横でおどけている英二を無視して足音のしたほうを見ると
ちゃんが腕に教科書を抱えて駆けている。

英二と一緒にいる僕には気がついていないみたいだ。
よーし。

僕は素早くちゃんの目の前に移動した。そして…

「バァッ!!」
「!?!?!?」

いきなり僕の顔が目の前に出てきたことが相当驚きだったのか、
ちゃんは声無き叫びを上げて硬直してしまった。
が、すぐにその硬直から解かれると、

「ふみぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっ、不二先輩、イジワルですぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

ピューッと煙を立てて逃げていってしまった。

クスクスクスクスクスクス

ちゃんったら、可愛い…」
「あーっ不二ったらー!!!」

僕がクスクス笑い続けていたら英二が抗議の声を上げた。

「いーけないんだー、ちゃん、いじめちゃいけないんだぞぉっ!!」
「…だって楽しいじゃない。」
「ダメー!! 楽しくてもダメだからにゃーっ!」

英二に言われても説得力が無い、と思ったのは僕の気のせいだろうか。



休み時間が終わった後は英語の授業だった。
でも担当の先生のやり方はいつも退屈で聞かなくてもいいような話ばかりしているので
僕はその時ボンヤリしていた。

不真面目なのは良くない、とわかっているけど、先生と奥さんの馴れ初めの話なんか
真面目に聞いても仕方が無いしね。
あーあ、今頃ちゃんはどうしてるかな。きっと一生懸命授業聞いてるんだろうな。

そんな事を考えてたもんだから僕は無意識のうちにノートの余白に
ちゃんの落書きをしていた。
…結構可愛く描けたかもしれない。

僕が1人悦に入っていると隣の席から英二が密かに覗き込んでいた。

『不二ったらちゃん描いてる。ラブラブだねぇ〜』

からかうような囁きはちょっと不愉快かも。
知らないよ、そんなことしてたら…

「菊丸っ!! 何してるっ!!」

ぱかんっ

先生が投げたチョークをモロ顎に食らって、英二は椅子ごとひっくり返った。
ほらね、言わんこっちゃない。



そんなこんなで授業が終わって毎度御馴染み部活の時間になった
…のはいいけれど。

どうしてうちのテニス部ってこんなにギャラリーの女の子たちが多いのかな?
英二や桃城は「そりゃ不二が(不二先輩が)いるからでしょ〜☆」って言うんだけど。

応援してくれるのは凄く嬉しいんだ、でも事ある毎に

「きゃーっ、不二せんぱーい☆☆☆」
「こっち向いてぇーっ!!」
「素敵ィーーーーーーーっvvv」


なんて叫ばれるのはちょっと…手塚の目も恐いしね。
(また睨んでるよ、僕のせいじゃないのに)
それにいくらたくさんの女の子達に応援されても一番肝心な子がいないと意味がない。

だからキャーキャー騒ぐ女の子たちには愛想笑いをしてしばらく黙ってもらった。
さーて、肝心のあの子はいるかなー。

僕はキョロキョロとその肝心な子が居まいかと探した。

「あ!」

人口密度が極端に少ないフェンスの向こうに紙袋を持った小さな姿を発見した瞬間、
僕は超高速でその子の元へとすっ飛んでいった。

ちゃん」
「あ、不二先輩…」
「来てくれたんだ、嬉しいな。」
「あ、あのっ、これっ、よければ差し上げようと思って…」
「本当? ますます嬉しいよ。」
「ふみぃ…でもここじゃ受け取ってもらえないです。」

言ってちゃんは困った顔をする。
それはそれで可愛いんだけどだからって困らせっぱなしにはできない。
僕はちゃんにテニスコートの出入り口に回ってもらうよう言った。
ちゃんはテテッと小走りで移動した。

「どっ、どーぞです。」
「有り難う。」

僕はちゃんから口をリボンで縛った紙袋を受け取った。

「開けていいかい?」
「勿論です。」

一体中身は何だろう。この感じだと多分クッキーか何かだと思うけど。
僕は袋を開けてゴソゴソと中を探った。袋に突っ込んだ手を出して開いてみると、
そこには可愛いサボテンの形をしたクッキーが入っていた。
試しにそれをコリッとかじってみる。

「これおいしいね、ちゃん」

正直に感想を述べるとちゃんはとても嬉しそうにニッコリ笑った。

僕がもう2,3個サボテンクッキーを楽しんでいると背後から視線を複数感じた。
やれやれ、僕が部活で食べ物をもらったとなると必ず出て来るんだよね。

「あーっ、不二先輩ズルいっスよー。自分ばっかクッキー食って!!
 俺達にもくださいよぉ〜。」
「そーだよそーだよ、俺にもちょーだい!!」
「俺も欲しいっス。」
「興味深いデータだ…」

桃城、英二、越前、それに乾が口々に言う。

「何か言った?」

僕は4人に向かって微笑んだ。

…数秒後、4人は黒焦げになってプスプス言っていた。

さて、五月蝿いのはこれでよし。僕はそ知らぬ顔で練習に戻ろうとした、が。

「待て、不二。」

運悪く手塚に捕まってしまった。
当然、次の瞬間にはくどくどとお説教ときたもんだ。

「一体、何を考えている…大体お前は…
第一、物事にはやり方というものが…くどくどくどくど」

ひどいなー、僕が悪いんじゃなくて人が貰ったものに集って来た
(+訳のわからんデータ取ってた)方が悪いのに。

手塚の説教がやっと終わった時、僕はかなりむっとして他へいこうとしている彼の後姿を見つめていた。

「うっ…ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

突然手塚は腹を抱えてうずくまった。

「手塚っ!?」
「どうしたっ、手塚!! 具合が悪いのかっ?!」

タカさんや大石がどうしたことかと慌てている。
部活はしばし小パニック。

前に姉さんが教えてくれた呪い、どうやら即効性みたい☆



そして部活が終わる。
僕が帰り支度を終えて部室から出ると、

「あ、不二先輩!」

何とちゃんが外で待っててくれていた。

「やあ、ちゃん。待っててくれたんだ、有り難う。」
「別にどうってことないです。」
「それにしてもちゃん…」
「ふみ?」
「いつも思うんだけど何だか猫さんみたいで可愛いね。」

僕はちゃんの小さな頭をポフポフする。

「私は猫さんじゃないですぅー!!!」

ぷうっと膨れるちゃんも可愛い。

「じゃ、行こっか。」

帰り道、僕とちゃんは色々話をした。
と言っても僕がほとんど喋っていて、ちゃんは感心したようにへー、とか凄いですねー、とか言うことが多かったけど。
それでもいいんだ。

それだけで僕は幸せだから。

僕が丁度この前の日曜日に撮ったいい写真の話をしていた時、
隣を歩いていたちゃんはふと足を止めた。

ちゃん、どうしたの?」

ふと見れば、ちゃんは僕のカッターシャツの裾を不安げに掴んでいる。

「不二先輩、私のお話聞いてくれますか?」
「うん、なぁに?」
「耳貸してください。」

僕はその場にしゃがみこんだ。
立ったままじゃちゃんは僕の耳まで届かないから。

ちゃんはパニくった様子で僕の耳元で何やら囁いた。

…囁かれた言葉に僕はハッとして思わずちゃんを振り返った。
ちゃんは真っ赤な顔をして僕を見つめていた。

大丈夫、そんな不安げな顔をしなくても。

だって僕は…僕は…

ずっと…

僕はそっとちゃんの頬に手を伸ばした。
そして両手でちゃんの顔を包みながらその目を真っ直ぐに見つめて言った。

「有り難う、ちゃん。僕もだよ。僕もずっと君の事…」
「!!!」

僕はなおもしゃがんだままちゃんの肩に両腕を回した。
ちゃんもおずおずと僕の背中に両腕を伸ばす。

いつもより近いところに居るちゃんはとても暖かくて…
僕は道端で人目のことも考えずにずっと
この子を抱きしめていた。

僕の幸せを、

小さな小さな僕の、一番大事な幸せを。

"Little Happiness" End


作者の後書き(戯言とも言う)

撃鉄シグ初の不二周助ドリーム、しかも標準語でラヴラヴものです。

このサイトにおいてある作品は大抵元ネタが存在しますが、これもその一つで
元々は撃鉄が電車の中で突っ立ったまま壁にもたれてメモ帳に落書きしていた
ドリーム漫画でありました。

元になった落書きドリーム漫画は一応青学レギュラー9人分お話を作ったのですが
(リョーマのみ桜乃とのCP)
この"Little Happiness"はその中でもキャラに一切台詞を喋らせなかった
無言劇タイプで、正直、小説にするのには骨が折れました。

まあ、そんなことはともかく撃鉄の精一杯のラヴラヴものを
楽しんでいただければ幸いです。


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